2013年7月29日月曜日

韓国で熾烈になる地下経済摘発攻防:追いかける政府、逃げる現金

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●貨幣発行ペースは高まっているが、「回収率」は下落の一途(写真はソウルの韓国銀行本店の地下室で新札を運ぶ職員ら)〔AFPBB News〕


JB Press 2013.07.29(月) 
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/38324

韓国で熾烈になる地下経済摘発攻防
追いかける政府、逃げる現金

 「社会の公平性確保と税収増大のために地下経済にメスを入れる」――。
 韓国で朴槿恵(パク・クネ)政権発足とともに急浮上した「地下経済対策」。
 国税庁などが積極的に動き出すや、韓国で「現金決済」が急増し始めた。
 地下経済追及の手を逃れるためと見られ、政府と「隠れた資金」の攻防は序盤戦から熱くなっている(2013年2月28日付「韓国新政権、公約実現のカギ握る『地下経済』」参照)。
注:http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/37244

■GDPの25~30%に達する地下経済、
 金持ちの税逃れに庶民の不満も

 「地下経済の摘発」は、朴槿恵政権の重点政策の1つだ。
 各種統計によると、韓国の地下経済の規模は、国内総生産(GDP)の「25~30%」に達するという。
 日本など先進国の多くが「10%以下」であることと比較すると格段に高い数字だ。

 経済の両極化が急速に進み、金持ちはさらに資産を増やし、庶民はさらに生活にあえぐ。
 にもかかわらず、巨額の資産が税金を逃れているとなれば、国民の政府に対する信頼問題に関わる。

 朴槿恵政権は、高齢者年金の拡充や医療保険の充実など「高齢化社会」に合わせた福祉の拡充も掲げている。
 その財源として5年間の任期中に135兆ウォン(1円=11ウォン)が必要になる。
 経済成長率の低下で大幅な税収増加は期待できず、これまで取り損ねていた「地下経済」に挑もうという計算もある。

 韓国政府は、地下経済をGDPの10~15%前後にまで引き下げることを当面の目標に置いた。
 これにより、5年間で28兆5000億ウォンの税収増加を図ろうという意欲的な計画も発表している。

 こうした政府の方針に、国民の反応は好意的ではある。
 大企業や資産家による違法な「裏金作り」の摘発や、違法とは言えなくても「タックスヘイブン」を使った財テクなどが連日のようにメディアで報じられ、「不正な蓄財や悪質な脱税には厳しく対処すべきだ」とのもやもやした気分が庶民の間で広がっていることも確かだ。

 ところが、こういう国民意識の一方で、「地下経済摘発」を逃れようという動きもはっきりと出始めてきた。

■急拡大する「キャッシュエコノミー」の実態

 韓国の有力シンクタンク、LG経済研究院は2013年7月24日付で
 「キャッシュエコノミーの増加 地価経済拡大の警告灯」
というタイトルの研究報告書を発表した。

 内容は実に興味深く示唆に富んでいる。

 報告書によると、最近になって
 韓国では紙幣(貨幣)の発行量が急増し、
 クレジットカードや口座振り込みに代わって現金決済の比率が上昇している。
 同研究院はこれを「キャッシュエコノミー」と名付けている。

 一方で、紙幣が発行増加のペースほど市場で回転せずに消え去っているという。
 いずれも地下経済の拡大の兆候といえ、早急な各種対策が必要だと指摘している。

 報告書をもう少し詳しく紹介しよう。

 LG経済研究院によると、韓国での貨幣発行残高増加率は2005年から2008年までは5~6%台だった。
 2009年6月に5万ウォン紙幣の登場(それまでは1万ウォン紙幣まで)で一時的に同年末に21%超に跳ね上がったが、その後はどんどん下がっていた。
 2012年末には11.7%にまで下がったが、2013年5月には再び14.9%に跳ね上がった。
 それだけ現金需要が増大しているということだ。

■家庭や企業の金庫に眠る紙幣、カードの利用拡大ペースも急減速

 貨幣発行ペースは高まっているが、その「回収率」は逆に下落の一途だという。
 1995年には95.8%だった「貨幣回収率」は2013年は76.4%に過ぎない。
 特に高額の5万ウォン紙幣にいたっては2013年1~5月の「回収率」が52.3%に過ぎないという。

 半分近くの5万ウォン紙幣が家庭や企業の金庫などで眠ったままになっているのだ。

 LG経済研究院はその結果「貨幣の流通速度も落ち続けている」と指摘する。

 さらに興味深いのは、「眠る貨幣」が増加する一方で、
 「クレジットカードの利用額の増加ペースが大幅に下落している」ことだ。
 2011年1~4月には前年同期比12.6%増だったクレジットカード利用額は2013年1~4月には同2.7%増に急落している。

 LG経済研究院は最近の動きをこうまとめてみせる。

 「最近の各種経済指標から、韓国でキャッシュエコノミーが拡大しているという様々な兆候が読み取れる。
 貨幣拡大規模は増えているが、そのおカネはどこかに消えて隠れ、回っていない。
 増加した貨幣だが実物経済への寄与度が下落しているなかで、人々はカードなど情報が把握されやすい取引ではなく、現金取引を増やしている」

 これより前に大手紙「朝鮮日報」(2013年6月24日付)も
 「地下に隠れるカネ カード使わず現金発行2倍に
という大きな記事を掲載している。

■一部の金融機関では5万ウォン紙幣が不足

 この記事によると、2013年1~5月の貨幣純発行額(発行した金額から回収した金額を差し引いた金額)は3兆7393億ウォンで、前年同期(1兆8705億ウォン)の2倍に達している。

 クレジットカードの決済が伸び悩んで現金決済が増えている一方で、どこかにため込まれている5万ウォン紙幣も急増していると報じている。
 5万ウォン紙幣は半分しか回収されず、一部金融機関などでは5万ウォン紙幣の不足が起きているという。

 確かに、5万ウォンは足りないようだ。
 筆者もATMでよく「5万ウォン不可」と張り紙を見る。
 ATMが旧式で5万ウォン紙幣に対応していないかと思っていたら、そうではなかった。
 5万ウォン紙幣が使えないATMを置いているのだという。

 「朝鮮日報」は、「キャッシュエコノミー」の実態を生々しく伝えている。

■「痕跡」を残さないための現金払いが増加

 学習塾や歯医者、整形外科などでは現金で支払う例が多いという。
 学習塾や病院が現金支払いの場合、「値引き」することは以前からよくあったが、最近は、支払う方が「痕跡」を残さないように現金で支払う例も増えているという。

 同紙によると飲食などでできるだけ現金決済をするようになった医師は
 「収入に比べて支出が多いと税務調査などの対象になりやすいと聞いた」
と語っている。

 クレジットカードや口座振り込みなど「足」がつく取引をできるだけ避けようという心理が働いているのだろう。

 韓国ではIMF危機(1998年)直後からクレジットカードの利用が急増した。
 政府がカード利用額の一定程度に税額控除の特典を付けるなどしてカード利用を促した。

 当時、政府高官だった人物によると、
 「カードを使ってもらうことで内需を活性化させて経済再建を急ぐことと、税金を捕捉することの2つの狙いがあった」
という。

 カードはすっかり生活に定着した。
 控除があるためか、韓国ではコンビニやコーヒーショップの小額の買い物でもクレジットカードを利用することが一般的だ。

 「朝鮮日報」によると、2013年には消費全体の65%をクレジットカード利用が占めたという。

 こうしたカード利用の拡大ペースが、急速に鈍り始めたのだ。

■大きな金庫を置くために不動産を借りるケースまで

 多くの現金は、会社や自宅などに仕舞い込まれたと見られる。
 韓国メディアは、2013年になってからデパートなどで、金庫の売れ行きが絶好調だと報じている。

 金庫どころではない。
 筆者は、知り合いの不動産業者からびっくりする話を聞いた。

 「不動産売買を通してよく知っている常連さんから、『セキュリティーが厳重な小さな賃貸物件を捜してほしい』と頼まれた。
 よく聞いたら、大きな金庫を置いておくためらしい」

 もちろん、現金取引そのものに問題があるわけではない。
 ただ、「キャッシュエコノミーが地下経済と密接な関係がある」(LG経済研究院)一面があることも確かだろう。

 現金決済が、税務当局などから見れば厄介であることも間違いがない。
 韓国政府内には、クレジットカード取引に対する税額控除の範囲を縮小するこれまでの方針を見直すべきだとの意見もある。

 韓国政府は、「現金決済」など「把握しにくい取引や隠れた脱税行為」の摘発に向けた動きも積極化させる考えだ。

■国内外で不正なおカネの追跡に本腰

 韓国政府は、2014年にも金取引所を開設する準備に入った。
 金の取引が脱税の温床になっていることから、「取引の透明化」を進める狙いだ。

 さらに、タックスヘイブン地域の金融情報も積極的に調査することを始めた。

 韓国内でも、企画財政部第2次官を委員長とした「地下経済対策タスクフォース」を作り、不正なおカネの追跡に本腰を入れ始めた。

 金融委員会傘下の金融情報分析院(FIU)が持っている個人金融取引情報を国税庁が利用できるように法改正をした。
 一定以上の現金を引き出した取引記録などはFIUを通して把握できるようになっており、「現金決済対策」の有力な武器になると見られてる。

 2013年7月25日、国税庁の幹部が韓国メディアに対して今後の国税調査の基本方針について説明した。

 政府の重点政策が「経済民主化」から「経済活性化」にシフトしたことを受けて、企業を対象とした税務調査の規模を一部縮小することを説明した。

 しかし、この幹部は、こうも付け加えることを忘れなかった。

 「税務調査は昨年より縮小するが、域外脱税や庶民生活に害を与えるような事案、高所得自営業者による脱税、大手法人や資産家による悪質な脱税など地下経済摘発に関わる4大分野については厳正に調査する」

 「地下経済」を巡る攻防はこれからが本番だ。

by 玉置 直司 (たまき・ただし)Tadashi Tamaki
日本経済新聞記者として長年、企業取材を続けた。ヒューストン支局勤務を経て、ソウル支局長も歴任。主な著書に『韓国はなぜ改革できたのか』『インテルとともに―ゴードン・ムーア 私の履歴書』(取材・構成)、最新刊の『韓国財閥はどこへ行く』など。2011年8月に退社。現在は、韓国在住。LEE&KO法律事務所顧問などとして活動中。





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