2013年7月22日月曜日

「李明博の身代わりは全斗煥だった」:いつもの韓国新大統領のパフォーマンス

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李明博の身代わりになった全斗煥


 新任大統領のいかに自分がキレイかをアピールする韓国特有のパフォーマンスが
 「前大統領の締め上げ
である。
 しかし、今回はそれができなかった。
 なぜなら朴槿恵は李民博と同じ政党に属しており、大統領選ではその威光をまるまる受け継いだ
からである。
 通常なら、李明博は今頃、拘置所に入っていなければならないはずである。
 なぜなら現職中に兄が逮捕されたという動かしがたい実績があるのである。
 ところが、今回はそういう国民の楽しみがなくなってしまった
 しかし、韓国には新しいリーダーは過去のリーダーを追求しなければならないという絶対的な鉄則がある。
 これはいわば国民的行事で誰もが楽しみにしていることである。
 朴槿恵とてこれをせずに済ますことはできない。
 でなければ現大統領が国民のワクワクするような期待を裏切るということになる。
 李明博が使えないとなるとどうなる。
 そこで朴槿恵は李明博にかわるターゲットを探した。
 出てきたのが全斗煥だったというわけである。
 やり方は墓場を暴くがごとくで、なんとも常識を超越している。
 でもやらないとならない。
 これは新大統領の始球式みたいなものなのである。
 これをすることによって新任大統領は国民に韓国大統領と認められることになるという度し難い風習があるのである。
 国民劇であり、お清めであり、お祓いであり、そして「生贄の儀式」なのである。


JB Press 2013.07.22(月)  玉置 直司
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/38271

全斗煥元大統領の資産差し押さえへ強制捜査
朴槿恵大統領、恩讐を超えて「原則」厳守

 2013年7月16日午前9時。ソウル中央地検の特別捜査チーム90人近くがソウル市内の全斗煥(チョン・ドファン)元大統領の自宅や長男が経営する会社などになだれ込んだ。
 不正蓄財で有罪となったにもかかわらず巨額の追徴金を支払っていなかった事件で、検察の本格捜査が始まったのだ。

 全斗煥元大統領の追徴金問題と聞くと、「いつの話だ?」と思うことだろう。
 その通りで、大統領在任期間中などに不正に蓄財していたとして1997年に追徴金2205億ウォン(現在は1円=11ウォン)を科す大法院(最高裁に相当)判決が出ていた。

■「29万ウォン」発言の禍根、時効を延長してまで徹底追及

 これまでに「かき集めたカネ」に加えて、自宅などが競売にかけられ、合わせて4分の1相当の533億ウォンを支払ったが、依然として巨額の未払が残っていた。

 2003年には隠し財産があると見た検察が「財産明示申請」を出し、全斗煥元大統領が裁判所に呼ばれたことがある。
 この場で「財産の額」を問われ、「通帳にある29万1000ウォンだけだ」と答え、これが国民の怒りを買ってしまった。

 いくら不人気とはいえ、退任してから25年経過し、82歳になった元大統領に対して世論が今も厳しいのは、この「29万ウォン発言」が利いているとの見方は強い。

 実は、追徴金についても「時効」がある。
 最後に追徴金を納めてから3年間で、2013年10月にこの「時効」を迎えるはずだった
 。ところが、世論の厳しい反応を見て、国会が急遽時効を2020年まで延ばす法案を可決してしまった。

 今回の強制捜査は、「全斗煥法」と言われる、時効延長の法案が国会を通過してからわずか4日目のことだった。

 強制捜査をするのだから、もちろん、検察は今も巨額の「隠し財産」があると見ている。
 自宅や長男が経営する会社などから、骨董品や美術品などが続々と出てきた。
 検察はこれらのうち、どれが事実上全斗煥元大統領の財産なのかを調べ、厳しく徴収する方針だ。

 大法院の判決から16年経過したとはいえ、韓国ではホットなニュースとして大きな話題になった。
 「元独裁者」「隠し財産」「時効」・・・。
 話題にこと欠かず、格好の標的になってしまった。
 世論は圧倒的に強制捜査を支持しており、ネットには、「朴槿恵(パク・クネ)政権が発足してから最高の仕事だ」などとの書き込みが相次いだという。

■礼節を重んじる国のはずが、大統領経験者はなぜか不遇

 「全斗煥元大統領宅強制捜査」が一斉に報じられた2013年7月17日の韓国紙の国際ニュース面に1枚の写真が掲載された。
 米国のバラク・オバマ大統領が、車椅子に乗るジョージ・ブッシュ(パパ)元大統領に寄り添って談笑する姿だ。

 ホワイトハウスで開いた社会奉仕活動の授賞式にブッシュ元大統領を招いたオバマ大統領は
 「ブッシュ元大統領のおかげで米国はさらに親切な国になった」
と持ち上げたという。

 先輩や目上に対する礼節を重んじるはずの韓国だが、他の国では見られるこうした大統領経験者に対する温かい処遇はめったに見られない。
 それどころか、本人や家族が監獄に送られる例が続いている。

 盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領も自殺に追い込まれてしまった。

 全斗煥元大統領も、光州事件などの罪で死刑判決を受けた(その後、無期懲役に減刑、さらに特赦)。それでも、追及の手は緩まないのだ。

■波乱万丈の人生、朴槿恵大統領とは深い因縁

 全斗煥元大統領の人生は、まさにジェットコースターに乗っているようだ。
 1931年生まれで、当事最高のエリート教育機関だった陸軍士官学校11期生となる。
 陸士11期は、4年生の正規教育が始まった1期生であり、朴正煕(パク・チョンヒ)元大統領の寵愛を受けた。

 米国留学やベトナム派兵などを経て順調に昇進を重ねた全斗煥氏は、陸士11期を中心に軍体内で私的な親睦組織である「ハナ会」を結成する。

 自分と出身地が同じ慶尚道出身のエリート軍人を各期から数人ずつ選抜して、人事などで便宜を図っていった。
 この人脈が後に大きな力を持つ。

 1976年、全斗煥氏は、大統領府(青瓦台)警護室作戦次長補兼保安次長補に就任する。
 大統領のすぐ近くで補佐するポストで大抜擢だった。

 1枚の写真がある。
 1977年、朴正煕元大統領が陸士に在学中の長男の面会に訪れた時に撮影された。
 大統領の右隣に軍服姿の長男。
 反対側に長女で母親が銃弾に倒れた後に、ファーストレディ役を務めていた朴槿恵大統領。
 その間に、朴正煕元大統領の後ろで警護しているのが全斗煥氏だ。

 全斗煥元大統領と朴槿恵大統領が一緒に写る歴史的な1枚だ。

 それから2年後の1979年10月。朴正煕元大統領は、部下の中央情報部(KCIA)部長に暗殺される。合同捜査本部長として国民の前に姿を現したのが全斗煥氏だった。

 父親の死に伴い長年住み慣れた青瓦台を去ることになった朴槿恵氏に対し、全斗煥氏は「6億ウォン」を渡した。
 元大統領の金庫にあった9億ウォンの一部だった。

 この資金のやり取りについては、2012年12月の大統領選挙前に、朴槿恵候補(当時)はテレビ討論会で対立候補から批判されてこう答えた。

 「妹や弟の生活も考えなければならず受け取ったが、必ず社会にお返しします」

 全斗煥氏はその後、上官の参謀総長を内乱罪で逮捕。
 さらに大統領選挙の実施に意欲を見せていた金大中(キム・デジュン)、金泳三(キム・ヨンサム)、金鍾泌(キム・ジョンピル)氏ら有力政治家を次々と拘束した。
 さらに民主化を求めた全国のデモを力で抑えつけ、光州では大量の死者を出した。

 こうして政権をつかんだため、当初から「正統性」に欠けるとの問題がつきまとった。
 「国民に銃口を向け、政権を奪った男」としての評価は終生消えることはなかった。

 全斗煥元大統領としても言いたいことがあるはずだ。
 大統領在任期間中の1980年からの8年間、韓国は経済成長を加速させ、先進国への道を駆け上がった。

■「漢江の奇跡」をも上回る韓国史上最大の好景気の立役者

 この間の経済成長率は次の通りだ。

    1980年  -1.9%
    1981年   7.4%
    1982年   8.3%
    1983年   12.2%
    1984年   9.9%
    1985年   7.5%
    1986年   12.2%
    1987年   12.3%
    1988年   11.7%

 「漢江の奇跡」と呼ばれた朴正煕元大統領時代をも上回る高度成長だった。
 おまけにこの時期は物価も安定し、「韓国史上最大の好景気」に沸いた。
 ソウル五輪の誘致にも成功し、韓国が国際舞台で大きく飛躍した時期でもあった。

 全斗煥氏は、民主化の強い要求に押し切られるように1987年12月に直接大統領選挙を実施した。
 これも民主化の重要なプロセスだった。

 後継者には陸士11期同期で「ハナ会」メンバーである盧泰愚(ノ・テウ)氏を指名し、院政を敷くはずだった。
 ところが、光州事件や不正蓄財の本格的な追及が始まり、大統領を退任してからの人生は、「嫌われ者」の象徴になってしまった。

 ところで、なぜ、今になって追徴金をこれほどまでに厳しく取り立てるのか。

 朴槿恵大統領との微妙な関係のためという指摘もあるが、そうではないだろう。

 「6億ウォン」を渡したとはいえ、両氏の関係は、全斗煥氏が大統領に就任して以降、まったく疎遠になる。
 全斗煥政権は、朴正煕時代を「腐敗政権」と規定した。
 自分の政権掌握を正当化するために、前の政権との差別化を図る狙いだった。
 おかげで、朴槿恵大統領は父親の命日にもきちんとした行事をできなかった。

■朴槿恵大統領にとっても不本意な「今さら」の追及


朴槿恵(パク・クネ)大統領は恩讐を超えて「原則」を貫く〔AFPBB News〕

 「この時期が最も辛かった」――。
 父親の「側近たち」が手のひらを返すように離れていく様子を見た朴槿恵氏は、後日、全斗煥時代をこう回想している。

 朴槿恵氏が政治家になって以降、何度か全斗煥氏を訪ねているが、表面的な話に終始した。

 とはいえ、朴槿恵大統領が積年の「報復」で今回の強制捜査を指示したことはあり得ないだろう。

 強制捜査の約1カ月前の6月11日、朴槿恵大統領は国務会議の席で「元大統領の追徴金問題」に触れ、
 「一体どうしてこの問題が放置されてきたのか。
 これまでの政府は何をしていたのかと聞きたい」
と強い口調で述べた。

 それはそうだ。
 だらだらと引き延ばしていたために問題は解決せず、時効が迫ってきて世論が盛り上がった。
 そもそも今の政権ですべき仕事ではないのに、という思うがあるだろう。

 「原理原則に忠実」とはいえ、朴槿恵大統領にしても、個人的な思いは別として元大統領を追い詰めることは決して気分の良いことではないはずだ。

 全斗煥元大統領の長男は、出版事業などで成功して巨額な財産を築いている。
 事業資金がどこから出たのか、元大統領の隠し財産はないのか。
 検察の厳しい捜査が始まった。


 「朴槿恵(パク・クネ)大統領は恩讐を超えて「原則」を貫く」
なんてそんな大層なシロモノではない。
 もちろん、原則重視で動いていることは確かだが。
 その原則が異なっているのである。
 その原則とはつまり先に述べたように、新大統領就任のパフォーマンスの実演なのである。
 ということは仮にもし、5年後に政権が交代すると、今度は
 李明博と朴槿恵の二人がそろって監獄行きという姿
が見られることになるかもしれない。
 韓国の政治劇というのは、見た目は面白いが決して清らかなものではない。
 この大統領はあまりに父親が大きすぎたせいか、過去を薄めることにシャカリキになって、
 韓国の明日を引っ張っていく
という姿勢がまるで感じられない。




【「底知らず不況」へ向かう韓国】


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